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ここのところ優しさというか人情のようなものが自分から消えているような気がした。これまではどんなに自分のことでしんどい時もケアワーカーとして表面上は取り繕えていた(のかなぁ)けどそれすら少し危うかったかもしれない。子どもたちに関わる仕事でもそうなっていたのが一番申し訳ない。失格。あまり自分のことを嫌いになることはないんだけどどんどん嫌になった。自分の根っこが満たされない!という思いが強くなると小さい子どものわたしが出てきて拗ねる。他人どころじゃなくなる。たぶんそんな感じ。

仕事に行ってやりきって帰るのがやっとで、ボランティアまでできるか、と小さいわたしが喚くのでたくさん休んだ。毎回運営を支えてくれている人たちから責められている気がして少し壁を作ってしまった。

けど考え直すきっかけがあって今日は頑張って参加した。しんどくなってしまう予期不安は外れ、夜の街をまわってホームレスのおじちゃんやおばちゃんと話してすごく元気になって帰ってきた。わたしの満たされなさはきっと最初から満たされることがあり得ない類のものだった。わたしはホームレスに自分を重ねている。重ねられちゃ嫌かもしれないけど。みんな違う人間だから「あなたはわたしだ」みたいなことを言いたいわけではない。ただわたしはさびしいからあの人たちに会いにいくのだ。今夜さびしいかもしれない人たちに、わたしは心を寄せていると知ってほしい。それでどうなるわけではない。「独りでいい」と言い張る(そして本気でそう思っている、彼には神がともに在るから)あのおじさんもわたしと笑い合う時間があるということでわたしは安心する。ベンチで俯いていた、今日も外で寝るというおばあさんと少し話して、「ん?よく見たらあんたかわいいね」とか言われるとうれしい。独りぼっちがそのままにされているのが嫌。わたしはこうして夜回りをすることで、人はそれぞれひとりずつで、さびしさを抱えて生きていくしかないという事実にぎりぎり耐えられるのかもしれない。