1/23

どんどん社会がおかしくなっていく、歯車が逆戻りさせられていく様をみている。大事な人に「正義が行き過ぎている」「何が正しいのかわからない」と言われると動悸がしてくる。それでも悲しい気持ちに押しつぶされる前に、本当の中立とは少数者、弱者、被害者の側に寄ることだと伝えることができた。以前のわたしなら「うーん…」としか言えず流していたと思う。きちんと言葉を返せば、実はそんなに違う立場でもなく、ただ知らないことがあったというだけのこともある。わたしはとてもこわがりだけど、話すことをやめないということを少しずつ。

1/19

この土日は自分の家で一人ですごした。久しぶりだ。年末年始はたくさん人と会ったぶん疲れたのでやっと休めた気がする。起きたのは昼間だったけどその割にさっと朝ごはんをたべて軽く身支度して13時には外に出た。近所のミスド放送大学の試験勉強をする。学費をどぶに捨ててブッチする選択肢もあったけど、知りたいと思って選んだ科目なのでなんだかんだ興味をそそってページが進む。ポモドーロのアプリを使って結構集中できた。仕事のおかげで学生時代よりやるべきことをやる能力が上がったかも。

スーパーに向かうと共産党のにひさんが演説してた。こんな小さなまちに来た。まわりの支持者は高齢の人ばかり。少し距離をとって目の前の公園のベンチに腰掛けて聴いた。マイクの声は町中に響いていた。わたしも大事だと思うことをたくさん語っていたけど、響いていたらいい。握手や声掛けはせず立ち去った。若者も見ていると伝わっていたらいいなと思う。

 

一人でいるとなぜかさみしいって気持ちが少しずつ忍び寄ってきて膨らんでしまうことが多い。この土日はそれがかなり小さかった。初めて作る料理をやってみたり勉強したり、自分を楽しませてあげられたからか。それでもまったくないわけではないのがわたしらしさだと、もう認めてしまおう。さみしがりの星の下に生まれたわたしの割にはとてもおだやかな日だった。

1/17

今朝は眠りが深かったのかアラームに気づかず、7:50に起き上がった。 職住近接を心掛けているのでこれでも8:30始業に間に合ってしまう。

正月明けからずっと心の調子が悪かったけどちょっとずつそこから抜け出しつつある。わたしの世界ははちょっとしたことですぐ詰んでしまうけど、ちゃんと生活は続く。続けている。朝起きて支度して電車に乗るのは本当にだるいし、雑談も話しかけないでーと思ってしまうけど、日常にいつもいる人たちがいることはありがたい。日常を続けるのはしんどいけど日常のおかげでなんとかやっている。(もうちょっとしんどくなければなおいい。)

 

婦人科に行くために2時間早く上がった。内診が半年ぶりくらいになってしまったので、腫瘍がどうなっているか気になっていた。あのすごいイスにも慣れてしまったが久しぶりなので強気な顔で乗る。ウィーンと持ち上げられる時、看護師さんは必ずずっと声をかけてくれる。カーテン越しに高齢男性医師が「腫れが目立たなくなってるねえ」と言ってきて、足をおっぴろげたまま「本当ですか!」と返す。看護師さんがタオルをかけてくれてまたウィーンと地面に戻されていく。パンツとズボンを履いて診察室に戻ると、現状の説明があった上で、こういうのは余計なお世話なのかもしれないけど…と言いにくそうに、もし妊活するなら動きはひとより考えて決めていった方がいい、的なことを言われた。この医師のことは腫瘍を見つけてくれたこともあってベースの信頼はあったが、そういうエクスキューズを入れてくれる人だとは予想していなかったのでちょっと驚いた。

 

その後はボランティアに行くつもりだったが、本屋で時間を潰すうちに疲れてしまい帰ることにした。自分がおもしろいからやっているわけだけど、これまでは他の人にどう思われたいかが動機のもう半分を占めていたと思う。長年活動してきた人たちに仲間だと思ってもらいたかった。理念を理解して体現している人と思われたかった。でももう諦めた。仕事とのあと移動して6時間活動するには、わたしにはあまりにエネルギーがない!人と比べてもないものは仕方ない。自分の悲鳴を無視してまで他の人によく見られたいというのは過剰だと気づいた。自分を大事にすることができていないというのは今でもぴんとこないんだけど、自分の気持ちを無視しないというのはやっていけそうだ。しばらく実家には近づかないこと、ボランティアは無理しないこと。2025年は最悪の幕開けだと思ったけれど、不安に乗っ取られて誰かに認められようとするのをやめて「自分ひとりのためにやっていけるわたし元年」になりそうな気がする。

 

9/2

このところ思考が結構進んでいて、適応的なふるまい方やそれをやる意味みたいなものを急に理解した。今まではなんでそんなことやんなくちゃいけないんだという反発ばかりがあったけど、やろうと思えばできるかも、まあできるな、みたいな。適応的にふるまうことがすなわち強制された型にはめられるような、それが自分になってしまうような気がしていたのかもしれない。それはそれ、わたしはわたし。白か黒かではなくグラデーションの中でその時々の色がある。それでもふっとどこまでやればいい?やらないことを選んでもいい?という気持ちで揺らぐ。たとえばわたしはお礼メールを送るのが結構嫌だ。というか送られるのが嫌だ。返信するのがひたすらめんどくさい。別れ際にありがとうございます!って言い合ったんだからそれでいいじゃんって思う。でも送らねえぞ!って思って送らなくても、送らなくてよかったかな…ってあとから不安になる。それなら送っとけよって話だけど、それでも送りたくなかったのだ。当たり前を壊したい、ずらしたいみたいな気持ちがかなりある。メールに関してはまだまだやれる気がしない…けどやれることからでいいんだった。白黒思考からネガティブケイパビリティへ…

8/19

最近はトラウマの本を読みあさってる。

三森みささんの漫画から入り、野坂祐子や大河原美以あたりも入門レベルのものを読んだ。

トラウマと聞いて自分とは関係ないと思う人も多いと思うけど、そんな人には鈴木裕介(心療内科医)の『がんばることをやめられない:コントロールできない感情と「トラウマ」の関係』を手にとってみてほしい。

彼氏から返信が来ないだけでめちゃくちゃ不安になってしまうとか、些細なことでわっと怒ってしまうとか、そこそこありふれていること。そんな、他者からすれば「その程度のことで?」と過剰にも思えてしまうような反応はトラウマによる解離であると。耐えられない感情を切り離したのが自分の中の「パーツ」であり、どんな人もそれを日常的にやっている。パーツをつくりだすこと自体は生存戦略である。ただ、生き延びなければいけなかった状況は過去のものであり、今は必要ない戦略なのにパーツが反応してしまう。そのパーツを認めて、今の自分とつながり直すことが必要……という内容だ。

 

こんなに人間おもろ……ぷぷ、かわいすぎるんだが と思ったことない。こわい!てなるとパーツをつくりだして切り離せちゃうのめっちゃすごいし器用で不器用で萌える。こういう気持ちになるとめちゃくちゃテンションが上がる。ちなみに人が好きというのと人間が好きというのではかなり違う。

もう人をケアしたいとかサポートしたいという(呪われた)使命感はわたしをこれまでほど駆り立てないと思う。そのかわり、人間をひたすら知りたいわかりたいという欲望は、これからも仕事の大きな原動力であり続けるはずだ。

3/21

明日は職場の引越しで、事務所はすでに段ボールだらけという今日に限って、受け持ちのケースで一番わたしが困っちゃっている人から電話が入った。この人はいつもこうタイミングがいいんだった。電話では言えないことみたいで、苦笑いしながら、今度はなんだろうと訪問へ向かう。気象病の頭痛が強まる。わたしはこの人に嫌われることにすっかりびびってしまっているので、上司が一緒に来てくれて正直とても心強かった。(本当は「嫌うなら嫌え、でもわたしはあなたを心配してるんだ」という姿勢でいたい。)

玄関扉が開き、リビングに座ってさて……という面持ちで「どんな感じですか。」と言うと苦笑いが返ってきて、ちょっとほっとする。

相談というのは今までもどうしようもない状況だったのにさらにどうすんねん〜〜な内容だった。事務所に帰ってしばらくはため息が止まらなかった。こういう時は一緒に頭抱えて悩むしかない。

でもこうやってもう2年以上彼女の波に一緒になって揺られていると、彼女なりの合理性やその背景を身体がわかってくるような感覚がする。頭より身体が。すると本来知るはずのなかった、一人の女性の人生の輪郭がだんだん目の前に立ち表れてくる。

生活史として生活史を聴かせてもらう方がいろんな話や本人の解釈まで深く知れるかもしれないけれど、一緒に困りながらその人を知るのはまた違ったおもしろさがある ような気もする。彼女と関わって、苦笑いっていい表情だと思うようになった。

2/25

わくわくしていることがいくつかある。何かを守るためにどんどん変わっていかなければならないという焦燥感も少しある。けれど強迫観念のようなあぶない感じはあまりなくて、やっぱり一つブレイクスルーが起きたのだと思う。ガチにならざるを得なかった。動きたくて、その先に結果として変化があるだけで。体幹ばかりが鍛わって本当は足元がおぼつかなかったのが、ちゃんと自分で立ち始めた感じがする。